ある日の美術

仙台にいて絵を描いたり書をやりながら、もろもろ美的なことを研究してます。

表現の模索

 風景や景色、自然、街やニュース、歴史などといったものは不特定多数の人の間の共通して存在するものだ。画家は、それに自分の感覚を載せたものを描いて「表現」とする。
それは風景画、花の絵などが典型で、昔なら歴史画もある。書もそうだ。

宗教画もあるが、宗派によって共通認識が変化する。

その宗教の信者には理解しやすいものでも、門外漢には理解しがたいものになる。

キリスト教美術や従来の仏教美術がそうである。

 

私の根底には仏教がある。仏教は素晴らしい。

なんとか絵に出来まいか? 仏教はどんな人でも漏れなく、必ず幸せにするためにあるのだ。

厳密にいえば、本来は誰でも、どんな境遇であっても幸せになれるんだ、ってことを気づかせ、そのために自分のもつ力を無限に開かせようとするものです。

観念的でなく実際的に幸福に向かわしめる力。本物には、本来の仏教にはそれがある。

それを僕に教えてくれたのは創価学会だ。

宗教を通して作品をつくるとき、その素晴らしさを絵にできないものか?と思う。

より身近に感じる宗教画というものを模索したい。今はどうして良いかわからないけれど。

絵ではないが、仏教を表現したものの一つに一目均衡表があります。

それは一目山人(細田悟一)さんが開発した株や円の相場を分析するシステムです。

それを解説した佐々木芙信さんは「一目均衡表の哲学の中には、東洋・西洋の哲学が織りなされているが、中でも明確に打ち出されているのが仏教精神であろう。自力本願、自助努力の精神がまずこれにあたる」と。

今や一目均衡表は、その的中率といい、分かりやすさといい、深さといい世界を代表する相場分析ツールとなっています。

僕は一目均衡表を5年くらい研究したことがありました。時間論、予測値の観測、波動論の三本柱で展開される世界観はまさに天才的です。こんなのをどうやったら思いつくのか不思議です。

相場を一目均衡表で眺めていると、まさに仏法的だと感じさせられる世界が垣間見える。