ある日の美術

仙台にいて絵を描いたり書をやりながら、もろもろ美的なことを研究してます。

サイケデリックな波1

昔、描いた絵で北斎の模写があります。

サイケデリックな波の油彩画作品

これがそうなんですが模写といっても、こうなってくると模写じゃなくなっています。

油彩で描いたのでしたが、相当な時間をかけて完成させたっけ。

これが北斎だとすると、

 

だいぶサイケデリックな感じにした北斎の波になっちゃってる。

見慣れた有名な北斎の絵を、いろいろ画像処理して、それを描いてみようと思ったんでした。

今の時代画像処理したものをそのまま作品にしても良いのですが、どうも不自然に感じる部分が沢山あるし、そんなのを見ると僕は何だかイライラするんです。

それで油彩にすることにしました。

 

動機としては自分のパラダイムを変えるには、どのくらい飛躍させる必要があるのかやってみようぜ!というわけです。

 

絵の善し悪しは別にして、1日8時間くらいを半月くらいやって相当に時間をかけて描いた、ということから自分の中で勝手に名作になってしまっている作品です。

時間をとてつもなくかけた絵は後にも先にもこれしかありません。

時間をたくさんかけると、思い入れが強くなるのでしょうか?

 

しかし、この後はもう、こうした絵を描きたいと思えなくなりました。

まぁ、通過点の絵と言って良いのだと思います。

そもそも、僕は一気呵成が好きなんですよ。そうした気質には、こうした描法は合わないんですね。

それを、これを描く中で自覚させられた一枚です。