ある日の美術

仙台にいて絵を描いたり書をやりながら、もろもろ美的なことを研究してます。

バカボンのパパになりたい

バカボンのパパのモザイクの絵

絵を見るとサインの後ろに14とありますから2014年に描いた絵です。

アクリルで描いたんですが、30号なので長手で1メートルくらいの結構な大きさです。

それなのに目を細めないと何を描いてんだか分かりません。こういうのを抽象画っていいますです。いや抽象画というより模写と言った方が当たってます。

 

バカボンのパパはすごいですね。

ああいうあっけらかんとした感じで生きていきたい。

僕もバカボンのパパよりも歳をとっちゃったので、今日は反省会をしましょう。

 

僕は昔、中学生の頃まで漫画家になりたいと真剣に思っていた。

でも、どうしたら漫画家になれるのか分からなかったのでした。

サンデー、とかマガジンとか主催の漫画大賞なるものに応募しようと一生懸命描いてみるのだけど、話も何も考えないで描き始めるから2ページくらいで苦しくなってしまうんです。

それで、話を先に考えようか、ということで考えるんだけど思いつかないわけです。

手塚治虫の漫画の作り方の本とか読んで、研究したこともありました。

ひょんなことから、事件が起こって・・・とか書いてあるんですよね。

ひょんなことって、どんなこと?事件って、どいうことを事件ていうのかな?

いろいろ考えたもんでした。

でもね、僕は頭が悪すぎでした。事件という言葉で頭がいっぱいになっちゃったもんです。

話はやっぱり大変だ、ということで、心機一転どういう場面でも描けるようにと絵を練習したりするんです。

そのうちに、線がこうシュッといかないよなー、となってきて、最終的には線ばっかり描くようになっちゃって。

ああ、どうしたら良かったのだろう?わかんないなぁ。

そう考えていくと、漫画家ってのは、ある種天才じゃないと勤まらないのかもしれないね。

今は絵描きと、書家になろうと頑張ってんです。どっちかにしろよ!って思うんですが、絵を描いていると書をしたくなるし、書をしてると、ああ、絵描かなきゃ!ってなるん。どちらにも絞れないんです。

まずいな、これではやがて二兎を追う者は一兎をも得ず、になりそうだ・・・・